真岡市の建築屋が思うこと①
みなさん、こんにちは。アル・ホームです。
だいぶ暖かくなってきましたね~(^^)
春の陽気です!花粉もすごいですが・・・元気に過ごしましょう!
さて、本日は蕎麦田のブログです。
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建築屋のドーデモよい話 1
今日本に来る外国の人が数年前の倍の数になったらしい。
特に日本の西の半島から、又その西の大国からの人たちがこの小さな島にドット
来ているという。
彼等にとって世界で一番嫌いな人たちが住んでいるところになぜ来るのか、
半島の人たちはこの小さな国に1000年の恨みを持っているらしく、何かにつけ悪口を
いいふらし、変な像を世界中に作っている。大国の人たちも随時わけのわからない
映画を作り、学校でも色々とアルコトナイコト教え、時に暴動をも起す。
そんなにいやな人たちが住むところに、人によっては年に数度来るという。
彼らの頭の造りは我々とは違うのか、と思える人は、私個人ばかりではないのではと、
感じざるにはいられない。個人的に、かってに言わせてもらえば、その国の人たちには
あまりこの小さな島に来てほしい感じはしない。
この小さな島の空気が濁りそうである。私個人も過去にその大国には数十回、半島へは
数回行ったが、悪い気分になったことは多々あった。衛生的なことはとりあえずよしと
して、とにかく『ボッタクル』のである。
特に半島では、話にならないくらい、どこでもだれもが。それは彼らにとってその一番
嫌いな国から来た人であるからなのだろうか。
(※あくまで個人の見解です)
気分を直し良い話を。(良くないかも)
日本に来た外国人が日本のいくつかのことを賛美することも多く聞く。
その中で日本のトイレについては、多くの外国人が賛美しているようで、
それは言えると感じる。今まで行った外国で日本と同程度と感じられるその空間は
記憶にはない。(ホテル以外で)大体汚い、臭い、(水洗であっても)扉がない、
私個人、この島国の一住人であることを感謝せずにはいられない。
大体の人は、入り口については人目にさらすので気をつかい、入れるものも、
あれやこれやと頭をひねるが、出口について、出たものについてはあまり真剣に
考えてはいない国のほうが多いように思える。この島国の幾人かの人は出口についても
出たものについても、朝、昼、晩考えている人が住む稀な国ある。
『私はそんなはしたないこと関係ないわ』のような顔をしているキレイなオネエちゃんも、朝方はその芳醇な香りのする物をひねり出す作業に集中するであろうし、
また日に数回は黄金の水をも放出すためにそこに通うことも必要であることには違いない。無碍にはできないのである。
かのフランス、ベルサイユ宮殿に便所が無い話は有名で、置き形の便器は貴族が使い、
溜まったら中庭などに捨て、他の人も洗面器のような、ドンブリのようなものに
ドバッと出し、窓から同じように捨てていたという。宮殿には常に1000人以上もの人が
居たであろうから、宮殿の周りはもはや便所、便所の中央に宮殿があるといった感じでは。
そして宮殿はその芳醇な香りで常に満たされていたことは想像できなくはない。
パリの街も同じようで、汚泥の中に街がある、と言うような感じだったらしい。
マ西洋の衛生観念は、その程度であったのであろう。それにも負けず劣らず、西の半島
の国はどうであったかといえば、日本が統治するまでは便所なるものは存在せず、
その辺の溝のようなところに垂れ流し、犬が、豚が または他の生き物が適当に
処分しており、明治初期日本にも来て、その半島にも行ったイギリスの女性の旅行家の
話も非常に汚い国であったと書いてあるらしいが、半島で訳されたその本は天国のよう
に美しい国であったと訳しているようで、その国らしい。
日本では江戸時代より屋根付厠を作り、そこでみんなした。
江戸の庶民はほぼ長屋暮らし。長屋の反対に水場がありその反対は厠で、厠の中身は
近くの百姓が畑に、田んぼにキッチリ再利用していた。大家はそれを百姓に売る。
大家の余禄でもあった。
世の中『タダ』なるものは無いのである。
つづく・・・
ということで、この話は次回に続きます!
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